堤中納言物語
編纂者:不明
成立時期:不明(平安時代後期とみられる)
編成:10編の短編物語と1篇の断片
『堤中納言物語』は作者も編纂者も成立時期も不明でありながら、短編小説としての完成度が高く、1000年の時を経た現在でも受け継がれている作品です。
タイトルの「堤中納言」という人物は、とくに作品中に出てくることがないため、時代を経て実在する堤中納言(藤原兼輔)に関連付けられたと考えられます。
ちなみに短編の中で唯一「逢坂越えぬ権中納言」の作品だけ、成立年代と筆者が分かっています。(1055年、小式部)
『堤中納言物語』の有名なエピソード|虫めづる姫君
虫めづる姫君
蝶の好きな姫の家の近くに、按察使(あぜち)の大納言の娘(姫君)が住んでいました。
姫君は言います。
「みんなが花や蝶を好むのは浅はかなことです。
人は誠実さがあって、ものの本体を探ることこそ、人柄がゆかしいのに」
姫君は、花や蝶ではなく、恐ろし気な虫ばかり集めて成長の様子を観察していました。
特に好んだのは毛虫。
手のひらに乗せて観察するほど好きでした。
また、姫君は「どんなことでも取り繕うのは良くない」といって、眉毛を整えたりお歯黒をしたりしませんでした。
親は「気味の悪い毛虫を好んでいると世間に聞かれたら・・・。」と心配しましたが、とうの姫君は、
「物事は根本を探ってから結末を見ることに意味があるのです。
毛虫がいずれは蝶になるのですよ。
絹も蚕から作られるのであって、蚕が蝶になってしまったら、絹糸は作れません」
といって気にしませんでした。
周囲の人々が姫の陰口を言うなか・・・。
イタズラ好きな公卿のおおむこの右馬の助が、帯の端切れで作ったヘビにつけて歌を贈ります。
はふはふも 君があたりに したがはむ
長き心の かぎりなき身は (這いながらも、あなたのそばに従いましょう。この長いヘビのように、かぎりなく長く変わらぬ心をもつ私は) |
姫君は返事を返します。
契(ちぎり)あらば よき極楽に ゆきあはむ
まつはれにくし 蟲のすがたは (ご縁があれば生まれ変わってよい極楽でめぐり合いましょう。その虫の姿ではおそばにいるのは難しいから) |
右馬の助は何とかしてこの姫君に会ってみたいと思いました。
そこで、中将と二人でいやしい女の姿に変装して姫君の家の近くに行くと、姫君が庭木に這っている毛虫を見ていました。
姫君は、世間の人のように化粧をしているわけではないが、派手でさわやかな姿をしていました。
姫君のお付きの者が右馬の助たちに気づき、姫君は毛虫を袖の中に入れて家の中に入ってしまいました。
右馬の助は姫君を見たことを伝えたくて、歌を贈ります。
かは蟲の けぶかきさまを 見つるより
とりもちてのみ まもるべきかな (毛虫のように毛深いあなたの様子を見たときから、私がお世話をして見守りたいと思っています) |
人に似ぬ 心のうちは かは蟲の
名を問ひてこそ いはまほしけれ (普通の人とは違う私の心のうちは、毛虫ならぬあなたの名をうかがってから申し上げましょう) |
姫君が返答します。
これに右馬の助。
かは蟲に まぎるるまゆの 毛の末に
あたる許(ばかり)の 人はかなきかな (毛虫と見まがうほどの眉毛をしたあなたに、ほんの少しでも比べられるほどの人はいませんよ) |
こうして右馬の助は笑いながら帰っていきました。
虫めづる姫君の解釈
理屈っぽく、どこか悟ったように自分らしさを貫く姫君。
そんな姫君に興味を持った上流貴族の御曹司。
少し変わった手紙(歌)のやりとりをして、「さぁ、姫君は変わらぬ自分を貫くのか、恋をして変わっていくのか?」というところで、物語が終わります。
物語の最後には「続きは二の巻で」と書かれていますが、二の巻は見つかっていません。
おそらく作者は、「この後の展開を想像して楽しんでほしい」と願い、ここでプツンと話を切ったのでしょう。
一人で想像するのも友人と話すのも楽しい、なんとも味わいのある物語です。