他人の苦しみを笑う 『病草紙』の残酷さ

<出典:wikipedia

平安時代末期から鎌倉時代初頭にかけて制作された『病草紙』をご存知でしょうか。
当時の病や身体の不自由に苦しむ人々の様子を集めて絵巻物にしたものです。
患者たちの様子は皆それぞれ苦しそうで気の毒です。
しかし、注意深くこれらの絵を見るとあることに気づきます。
病人たちの絵には、人間の残酷な一面をも表現されていたのです。

『病草紙』とは
病への単純な好奇心から制作されたものだと考えられています。
作者は未詳。
絵巻物の一部は国宝となっています。
当時人々が悩まされていた奇妙な病気と同時に、生活の様子を垣間見ることのできる貴重な史料でもあります。

病草紙に見られる人々と病状

白内障、歯周病、二形(ふたなり/両性具有)、肥満、幻覚、口臭、不眠症など
さまざまな病気や症状に悩む人々が淡々と描かれています。

【歯の揺らぐ男】
歯周病のせいで歯がぐらつく男が、食事の時に妻に自分の口の中のようすを見せている場面です。
目の前には飯や汁物、魚などが並べられていますが、それらを食べられるのかどうか心配なのでしょう。
当時の食事の内容、食器などの様子が分かります。

【眼病の男】
絵に付けられた詞(ことば)書きから、白内障と考えられる男が目の治療を受けている場面です。
濁った水晶体を針で刺し、摘出するといういかにも痛そうな治療。
血も出ています。
どうやらその治療を行ったのは藪医者だったようで、この治療のせいで眼が潰れ、男が失明したことが書かれています。
当時の医療行為の様子を伝える資料です。

ふと気づく、絵の中に潜む残酷さ

しかし、絵をよく鑑賞すると、病人ではなくその周囲の人々のある表情に気づくことでしょう。
患者本人の苦しさ、真剣さ、必死さとは裏腹に、患者の側にいる人々に笑っている人が多いのです。

例えば、いくつかの例を挙げてみてみましょう。

【肥満の女】
京の七条で高利貸しをしている女は裕福で、美食を重ねた結果肥満となってしまいました。
道端にいる若い男は、一人で歩けず両脇を抱えられるようにして苦しそうに歩く肥満の女を指さして笑っています。
それだけではありません。彼女の両脇を支え、荷物持ちをする女性たちの表情もどこか冷ややかです。

【風病の男】
男が女を相手に囲碁をしています。
中枢神経疾患に悩まされているとおぼしき男の顔はゆがんでいます。
さらに、上手く座れない様子で立て膝をして、碁石を指す指も震えています。
しかし、囲碁相手の女と見物している女たちは、その男の様子をあからさまに笑っているのです。

【二形の男】
男の格好をしているのに女のように見える商人が、眠っている間に着物の裾をまくられ、男女の性器を持つことを晒されてしまっています。
それを見た仲間の男たちは、驚くと同時に大いに笑っています。

洗練された画風の『病草紙』は、病と共に人々の暮らしについて描写され、医学史、民俗史上貴重な資料です。
当事者にしてみれば真剣な問題と、それを笑う心のない人々、病気に対する偏見、人の不幸を楽しむ冷酷さなども表れています。。
ゴシップ好きで、人の不幸を笑い、病気に対する偏見がなくならない現代ですが、
同じような気持ちは、この『病草紙』の登場した平安末期から、いやきっとそれ以前からあったことでしょう。

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