第99代天皇 後亀山天皇

Go-Kameyama

<出典:wikipedia

第99代天皇

後亀山天皇 ごかめやまてんのう
(???~1424年)

 

後亀山天皇は、後村上天皇の第二皇子として誕生。

母は藤原勝子で、先代の長慶天皇の弟にあたります。

 

1383年の冬。

後亀山天皇が即位します。

 

強硬派の兄・長慶天皇は、北朝に対して徹底抗戦の構え。

しかし、有力武将が亡くなるにしたがい劣勢になってきていました。

 

これを引き継いだ後亀山天皇は、室町幕府と和平を結ぶ方向に傾いていました。

そんな中、南朝方にいた有力武将・楠木正儀が裏切り。

南朝では和平を結ぶべきだという風潮が高まります。

 

そこで、後亀山天皇は室町幕府&北朝との和平交渉に力を注ぐこととなります。

3代目将軍・足利義満により、安定した政治が行われていた室町幕府。

南北朝合一の機会がきたと判断し、後亀山天皇に4つの条件を提示します。

 

、譲位の儀をもって神器を北朝の後小松天皇へ授けること
、皇統は両統迭立たるべし
、国衙領(こくがりょう)は大覚寺統の領地とすること
、長講堂領は持明院統の領地とすること

 

後亀山天皇はこれを了承。

こうして、1392年。

南北朝が合一し南朝が滅亡します。

 

南北朝合一後。

足利義満は提示した条件をほとんど守りませんでした。

怒った後亀山天皇は再び吉野へ戻り、南朝を復活させようと考えます。

しかし、室町幕府から要請を受けて、大覚寺へと戻っていきます。

 

1424年。

大覚寺で後亀山天皇が亡くなる際。

無念を表すかのように、雷鳴がとどろいていたといいます。