第79代天皇 六条天皇

1f256df4

<出典:城とか陵墓とか

第79代天皇

 六条天皇 ろくじょうてんのう
(1164年~1176年)

 

1164年。

六条天皇は、二条天皇と伊岐氏のあいだいに誕生。

名を順仁(のぶひと)といいました。

 

1165年。

病気が重くなった二条天皇は、生後7ヶ月の順仁親王(六条天皇)に位を譲ります。

このとき後白河上皇は、寵愛する建春門院滋子の子どもに皇位を継がせたいと考えていました。

それを防ぐため、二条天皇はひとまず自分の子どもの六条天皇に皇位を継がせます。

そして、病気が治ったら上皇として政治を行おうと考えていました。

しかし、二条天皇の病気はさらに悪化。

その年に亡くなってしまいます。

 

即位式の最中。

六条天皇が泣き出してしまいます。

そこで乳母が授乳して、ようやく落ち着いたといいます。

 

このような状況なので、政治は祖父の後白河上皇が行いました。

後白河上皇は院政を復活させると、憲仁親王を皇太子にします。

そして、わずか3年で六条天皇を譲位させました。

このとき六条天皇は数え年で5歳。

史上最年少の上皇となりました。

 

天皇の座を降りた六条天皇(六条上皇)。

退位後、後白河院の御所で養われますが、病気にかかったため源行綱(ゆきつな)の東山邸へで療養することになります。

そして1176年。

13歳の若さで亡くなってしまいました。

 

ちなみにこの時期。

平清盛が武士で初めて太政大臣に登りつめます。

平清盛は自分の権力を確立するため、後白河上皇と結託。

甥の憲仁親王を即位させたと考えられます。