<出典:産経フォト>
はじめに
「山伏(やまぶし)」という宗教者の存在を耳にしたことがあるでしょうか。
法螺貝を吹き鳴らし、錫杖(しゃくじょう)をもった僧侶のような出で立ちの人々です。
祭礼では「護摩行(ごまぎょう)」という火を焚いて祈る儀式を行い、願いが込められた木札を次々に炎に投じる姿はメディアでも目にすることができます。
また、古くからの信仰登山の山には必ず山伏の姿があり、その祭祀を取り仕切っている様子がうかがえます。
彼ら山伏は、正確には僧侶そのものではなく「修験者(しゅげんじゃ)」と呼ばれる行者です。
その信仰体系は「修験道(しゅげんどう)」と呼ばれ、日本独自の宗教としても知られています。
ここでは、そんな修験道について見ていきます。
修験道とは
宗教的な法力や神通力のようなものを「験力(げんりき)」といい、修験道とは「験力を修める道」の意味ともされています。
古来、日本では山岳に神霊が宿り、深山幽谷に分け入って修行することで魂を鍛え上げ、超常的な能力を発揮できるようになると考えられてきました。
そんな古代の山岳信仰に、仏教だけではなく断片的に流入してきたと思われる密教の術や、古神道とも呼べる神祀りの作法、さらには道教や陰陽道などの要素が複雑に採り入れられながら成立したのが修験道だといわれています。
開祖は奈良時代の宗教者・役小角(えんのおづぬ)であり、彼の一族である賀茂氏(かもうじ)は後に陰陽道の宗家を輩出することになります。
鬼や神々までも自在に従えることができたという、超人的な伝説が付きまとう役小角ですが実在の人物であり、生涯出家することなく在家のままの修行者であったことも大きな特徴です。
仏教ではこのような在家修行者の男性を「優婆塞(うばそく)」といい、それゆえに小角は「役優婆塞(えんのうばそく)」「役行者(えんのぎょうじゃ)」などとも呼ばれています。
現在でも修験者には在家のままで修行する行者が多く、開祖以来の伝統を引き継いでいます。
神も仏も祀る山岳信仰
修験道が信仰するものは山岳に象徴される森羅万象であり、端的にいえば「神も仏も祀る」というものです。
現在では特に密教とのつながりが強く、大きく真言宗系と天台宗系の二系統に分かれるため仏教の一ジャンルとして理解されることが多いようです。
しかし、前述の通りに山を中心とした自然観のなかでの信仰形態であり、ゆえにこれを「神仏習合」と呼んでいます。
明治時代の「神仏分離令」によって信仰が制限され厳しい時代を経てきた修験道ですが、その精神と教えは脈々と伝えられ、現代でも多くの行者が修行に励んでいます。