真珠湾攻撃以降、日本は破竹の勢いで勝利を重ねていました。
しかし、最終的には敗北。
運命の分かれ目となったのが、このミッドウェー海戦でした。
真珠湾攻撃でアメリカとイギリスに宣戦布告した日本は東南アジアに侵攻。
イギリスやオランダ、フランスなど連合国軍を相手に戦いを始めます。
ここで、日本は連戦連勝!!
連合軍の植民地を次々と落としていきます。
1941年12月 グアム島を占拠
1942年1月 アメリカ統治下のマニラ、ニューブリテン島ラバウル占拠
1942年2月 オランダ領アンボン島、シンガポール占拠
1942年3月 オランダ領ジャワ、ビルマのラングーン占拠
1942年4月 アメリカフィリピン軍が降伏
1942年5月 ソロモン諸島のツラギを占拠
日本軍の強さにイギリスの艦隊も全く歯が立たず、チャーチルは「その強さは大西洋では体験したことがなかった」と言っています。
運命の分かれ道。ミッドウェー海戦
連合軍の軍隊など問題にならなかった日本にとって、唯一の敵はアメリカでした。
当時、10隻以上の航空母艦をもって機動部隊を編成していたのはアメリカと日本だけ。
この二強の国が一騎打ちしたのが、ミッドウェー海戦でした。
主力空母の数は、日本が4隻に対しアメリカが3隻。
単純に戦力だけを比較するなら、日本が圧勝するはずでした。
しかし、ここで、日本は敗北。
原因となったのは日本軍の油断でした。
これまでの戦いで連戦連勝を重ねた日本軍は、油断しきっていました。
そのため、諜報は筒抜け。
アメリカは日本の暗号を解読していたのに、日本は傍受すらしていませんでした。
このような状況だったので、最初は優勢だった日本はアメリカにスキを突かれます。
空母の上に援護戦闘機を待機させなかったところに、アメリカの急降下爆撃機が一気に攻め込みます。
これにより空母は全て炎上。
戦闘機は空母の中で爆発していきました。
日本の主力空母消滅に加え、少数精鋭のベテラン飛行士が全員戦死ししてしまいます。