2017年– date –
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室町時代の流れと文化・食事・生活を解説
【室町時代】 14世紀はじめ。 後醍醐天皇は、足利尊氏、新田義貞などの武士の力を借りて、鎌倉幕府を滅亡させました。 政権を取り戻した後醍醐天皇は、自身が理想とする天皇中心の政治を開始。 摂政や関白、上皇などの制度を廃止し、全国の土地を天皇が管... -
鎌倉時代の流れと文化・食事・服装を解説2
鎌倉時代の文化 <出典:wikipedia> 鎌倉時代に入りると、農民上がりの武士たちが支配階級になったため、質素で力強い文化が栄えました。 それを象徴するのが金剛力士像。 ムキムキの身体をした像が門の入り口を守るような形で、設置されました。 また、... -
鎌倉時代の流れと文化・食事・服装を解説
【鎌倉時代】 太政大臣になった平清盛は朝廷内の重要な地位を独占。 貴族や武士、僧侶は不満を持ちました。 1180年。 不満を持った武士たちが全国各地で挙兵すると、源頼朝が中心となり平氏軍を破りました。 頼朝は平氏を倒したあと、鎌倉に戻って地盤固め... -
平安時代の流れと食事・服装・生活を解説2
平安時代の食事 平安時代。 上流階級は米を主食としており、中国の文化が入ってきて麦を麺にして食べることもありました。 主食を補完するものとして豆類やイモ類も重要な役割を果たしていました。 野菜のメインはウリ類。 そのほかに、ネギ類、水菜類、き... -
平安時代の流れと食事・服装・生活を解説
【平安時代】 道鏡に主導権を握られていることが気に食わなかった藤原氏。 称徳天皇のあとに光仁天皇を擁立することで、道鏡の力を排除することに成功しました。 光仁天皇は律令国家を取り戻そうとして、政治と宗教を分け、僧侶の監督を強化し、行政の簡素... -
奈良時代の流れと文化・服装・食事を解説
【奈良時代(710~794年)】 文武天皇がなくなると、その母、元明天皇が即位して平城京を築き上げます。 平城京は中国を手本にした巨大な都で、水陸の交通の便が良く、道が碁盤の目のように整備されました。 710年。 都が平城京に移り、奈良時代の幕... -
飛鳥時代の流れと服装・食事を解説
【飛鳥時代(7~8世紀)】 大和政権は次第に領地を広げ、九州から東北までを統一。 広大な土地を支配するために、大王のサポート役が現れます。 その中で特に力をつけたのが、財務担当の蘇我氏と軍事担当の物部氏でした。 両者は政治運営のライバルとし... -
古墳時代のくらし・服装・食べ物を解説
【古墳時代(4~6世紀頃)】 紀元前1世紀ころ。 日本には小さな国が約100個ありました。 それぞれの国は独自に中国と交流し、文化や技術を取り入れていました。 2世紀後半になると国同士の争いが激しくなります。 何年も争いを続けましたが、卑弥呼と... -
弥生時代の暮らし・遺跡・食事を解説
【弥生時代(紀元前4世紀~)】 紀元前4世紀ころ、大陸から稲作が伝わってきました。 はじめは九州地方に伝わり、100年ほどかけて近畿地方まで。 紀元前後には関東地方、紀元2世紀には東北地方に伝わっていきます。 稲作がこれほど広まった理由は、食料... -
縄文時代の生活・食べ物・遺跡を解説
【縄文時代(1万2千年前~)】 約1万2千年前になると、気温が暖かくなり、氷河がとけ海水面が上がり、日本は島国になりました。 その結果、マンモスなどの大型動物が大陸から来なくなり、シカ・イノシシ・うさぎなどの小型の動物を狩って生活するよう...