はじめに
剣術や槍術、馬術や弓術等々、古来より武士が身につけるべき戦闘技術であった各種の武術。
しかし、これらの身体文化は明治維新を迎えて後、急速にその存在意義を失っていき、衰亡の危機にさらされました。
そんななか、旧来の「術」を「道」と改めて、心身を鍛錬して高い人格を形成するための体育として武術を復興しようという動きが生まれます。
その代表格が嘉納治五郎(かのう じごろう)。
いまや世界中に愛好者を擁している「柔道」の生みの親です。
柔術から柔道への変革期において、嘉納が目指したのは生命のやりとりを超えた、スポーツとしての側面をもった新たな「武」の価値観だったといいます。
しかし、嘉納の作り上げた講道館柔道の真の姿は、現代のわたしたちがイメージするものとは異なる、「総合格闘技」の匂いのするものでした。
今回はそんな柔道の、知られざる姿をのぞいてみましょう。
投げ技や寝技だけではない、講道館柔道の技法体系
柔道はお互いに組み合って、投げ技や寝技で規定のポイントを取り合う競技というイメージがあります。
柔道の試合、という観点からは誤りではないのですが、講道館に伝わる技はそれだけではありません。
柔道のルーツとなった「柔術」には、投げ技や固め技以外にも各種の関節技や鎧を着用したまま戦う技、「当身(あてみ)」と呼ばれるパンチやキックなどの打撃技などが含まれていました。
そういった危険度の高い技は除外する方向で柔道は組み立てられていますが、試合では使わないかわりに、講道館では「形」としてそれらが残されています。
柔道には「投の形」「固の形」「極の形」「柔の形」「講道館護身術」「五の形」「古式の形」「精力善用国民体育」の八種類の形があり、総合的な格闘技術を伝えています。
特に「講道館護身術」では徒手の部12本と武器の部9本が設けられており、短刀や杖、拳銃を持った相手への対処法まで想定されています。
こういった点でも時代の現実性に配慮した護身術の形を目指したことがうかがえます。
ちなみに、「精力善用国民体育」では、パンチやキックなどの技を一人でも練習できるように形が組まれており、さらに二人一組での相対動作を通じてより実戦的な動きを身に付けられるよう工夫されています。
古流の柔術も保存している
古来の柔術を改革した嘉納ですが、昔ながらの技を否定したわけでは断じてありませんでした。
その証拠に、嘉納が学んだ柔術流派のひとつである「起倒流」の技をほぼそのまま、「古式の形」として講道館柔道に組み込んでいます。
嘉納はこの技を柔術における「攻防の真髄」と考え、柔道にとっても重要なものとして保存したのです。
今回見てきたように、講道館柔道とは実に多彩な総合格闘技ともいえる技法体系を有しているのです。