憲法には国家を運営するにあたって、基本理念が必要です。
しかし、大日本帝国憲法は、理念についての記載が不十分でした。
そこで、1890年に教育勅語が作られます。
戦前の義務教育では大日本帝国憲法のことをほとんど教えていませんでした。
そのかわり、徹底的に教育勅語を暗記させます。
入学式や卒業式などでは必ず好調が教育勅語を読み上げます。
教育勅語は法律の形式で書かれておらず、書いてあるのは理念だけ。
「憲法」は本来、国家としての理念を示すのが目的で、実際の運用は法律に任せればいいのだから、理念だけで十分なんです。
だから、政府も大日本帝国憲法ではなく、教育勅語を暗記させました。
教育勅語により二重法制になった日本
教育勅語には以下のような内容が書かれていました。
・万世一系の皇室の尊さ
・親を大事にすること
・友人や配偶者と仲良くすること
・学業に励むこと
・人格を修養すること
このほかに、「一旦緩急あれば義勇公に奉じ以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし」とも書かれています。
昭和になると「天壌無窮の皇運」とか「億兆心を一にして」という部分が強調されて軍国色を強めてしまいますが、もともとは違う意味で使われていました。
「今まで徳川家や大名である主君に忠誠を尽くしていたが、これからは国家に忠誠をつくせ」と。
教育勅語の存在は、日本が二重法制の国だったとも言えます。
形式上は大日本帝国憲法を法の頂点に置きますが、実際に統治する法は教育勅語で示した精神であったことが分かります。
このあたり、朝廷の出した律令と武士のための式目に似ており、現代人からすると違和感がありますが当時の人からすると特に問題なく受け入れられたようです。