飛鳥時代|552年 仏教が伝わる

仏教と豪族

仏教
仏教が日本に伝わってきたのは、第29代欽明(きんめい)天皇のときだと言われています。
実際には北九州など大陸と近いところでは、もっと前から広まっていたと考えられますが、歴史上は仏教と経典が天皇に献上された時が、伝わった年(552年)とされています。

仏教や経典は百済の聖明王もたらされ、このとき蘇我稲目(いなめ)が天皇に強く仏教を勧めました。

これに対して、大伴、物部、中臣氏たちは猛反対。

外国の神をまつれば日本の神の怒りをかい、災いがおこると助言します。

そこで、欽明天皇は蘇我稲目に仏像を下げ渡し、蘇我稲目は自分の屋敷でひっそりと仏像を拝むことに。

すると、その年に疫病が大流行し、多くの死者が出てしまいます。

疫病は蘇我稲目が外国の神を拝んだせいだと考えた物部・中臣氏は仏像を奪い、稲目が建てた寺も焼き払います。

仏教を信じた天皇

buddha-785865_1280
第28代宣化天皇の皇女、石姫と欽明天皇の間に生まれた、第30代敏達天皇は仏教を信じませんでした。

しかし、欽明天皇の他の二人の妃、堅塩媛とその妹、小姉君はどちらも蘇我稲目の娘だったので、仏教信者でした。

そして、堅塩媛の産んだ第31代用明天皇は仏教を信じるようになります。

ちなみに、用明天皇の妹はのちの推古天皇で、小姉君が生んだ末の皇子は崇峻天皇になります。

天皇と宗教

pray-468276_1280
通常、天皇が外国の宗教を信じはじめるのは大事件だと思いますが、昔も今もあまり問題視されていません。

これは、当時の仏教が国を守るのに役立つということで取り入れられたためだと考えられます。

「明治天皇が西洋の憲法を参考にした」という感覚で、「用明天皇は仏教を取り入れた」のです。

日本書紀には用明天皇は「仏の法を信じられ、神の道を尊ばれた」と書かれています。 仏教も信じたけれど、優先すべきは神の道だったのです。