昭和時代|1951年 サンフランシスコ平和条約が結ばれる

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朝鮮半島でマッカーサーが第二次世界大戦での日本の正統性に気づくと、軍事外交委員会でそれを証言。

アメリカは、自分たちのやっている朝鮮戦争が日清・日露戦争と同じだと気づきます。

 

”日本=悪”という考え方がなくなると、それまでの第二次世界大戦での日本の行いを冷静に分析。

日本が東京裁判で「満州は共産主義のソ連を押し止める砦」と主張していたことを理解し、
戦争終結後、日本兵がゲリラ戦をせずに粛々と武装解除したことなど、日本の優秀さを実感します。

こうして、日本に対するイメージが一変すると、それまでなかなか進まなかった講和条約の交渉が一気に進みます。




日本の国際社会復帰。サンフランシスコ平和条約

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日本の敗戦後、あっという間に共産主義が広まっていました。

中国もモンゴルも満州もシベリアも。

東アジア全大陸が共産主義になってしまったのです。

 

このような情勢にあって、日本に対するイメージが一変したアメリカ。

急遽、日本を独立させて自分たちの陣営に引き込もうとします。

こうして結ばれたのが、サンフランシスコ平和(講和)条約でした。

“日本=悪”という思い込みは、共産主義の脅威の前にすっかり吹き飛んでしまっていました。

 

これに対しソ連は、戦艦大和やゼロ戦などを作るほどの力を持った日本が、アメリカ側につくことを恐れます。

そのため日本にいる左翼の人達はアメリカとの講和に反対し、すべての国と講和する「全面講和論」を主張したのです。

しかし、アメリカとソ連の話がつかなければ全面講和はできません。

これを待っていたら、日本はいつまでも占領されたままになるのです。

こうして、共産党と社会党が反対する中、日本はサンフランシスコ平和条約にサインをします。

その後、日華平和条約、日印平和条約も結ばれます。

 

戦後の講和条約ではアメリカをはじめ、交戦国の全てが日本からの賠償放棄しました。

中国ですらしぶしぶ賠償を放棄します。

結局、日本が賠償した相手は、非独立国なのに戦場になり多大な迷惑をかけたフィリピンやインドネシアだけでした。

日本の無罪を認めるような講和条約が結ばれ、日本は7年にわたるGHQの占領から独立します。