昭和時代|1929年 世界大恐慌が起こる

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1929年。

アメリカで「ホーリー・スムート法案」が連邦議会に提出されました。

この法案を提出したホーリーとスムートは、高い関税で外国製品をアメリカ市場から締め出し、自分の関連する企業の利益を上げようとしたのです。

しかし、こんな法律が通れば世界の貿易はマヒしてしまいます。

そんな不安から、ウォールストリートでは株が大暴落。

大不況がおとずれます。

 

この不況を打開するため、翌年、アメリカ議会は「ホーリー・スムート法案」を可決。

すると、世界中の国が報復措置を取りはじめます。

そして、わずか1年半で25ヶ国がアメリカ製品に対する関税を引き上げたのです。

 

アメリカが自由貿易をやめ自国だけで経済をまわすブロック経済に入ると、他の国も自分の国を守るため貿易をなくしました。

当時、植民地を含めて世界の四分の一を占めていたイギリスも世界経済から脱退。

世界中大不況にみまわれます。

ブロック経済できない国々の政策

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このような世界恐慌のなか、資源の少ない日本は「自給自足圏を作って大不況を乗り切ろう」と考えます。

そして、日本と満州を一つの経済圏とする日満ブロック政策を打ち出します。

 

一方、第一次世界大戦で敗れたドイツでは、さらに悲惨な状況に。

植民地を失い巨額の賠償金を払い続けていたドイツは、貿易を封じられ、ハイパーインフレと大量の失業者を出してしまいました。

これを解決するといって現れたのがヒトラーだったのです。

ヒトラーは賠償金の支払いを放棄し、自給自足可能な国家を作るために戦争に備えます。

また、資源を持たないイタリアでも同様に国家社会主義化がおこります。

 

こうして、資源を持つ国はブロック経済で貿易を遮断し自国を守ろうとし、貿易できず大不況に苦しむ国は戦争により状況を打開しようと動き始めます。