鎌倉時代の流れと文化・食事・服装を解説2




鎌倉時代の文化

<出典:wikipedia

鎌倉時代に入り、農民上がりの武士たちが支配階級になったため、質素で力強い文化が栄えます。

それを象徴するのが金剛力士像。

ムキムキの身体をした像が門の入り口を守るような形で、設置されます。

また、流鏑馬(やぶさめ)・笠懸(かさがけ)・犬追物(いぬおうもの)など、馬に乗って弓で的を射る武芸が発達します。

宗教面では浄土宗や日蓮宗などの仏教が広がります。

文字を読めなかった武士や農民のための仏教で、「南無阿弥陀仏」を唱えるだけなどという簡単なものでした。

 

ちなみに、衰退した貴族たちは昔を懐かしむような文学を残しています。

代表的なのが新古今和歌集。

後鳥羽上皇の命令で藤原定家が編集しました。

 

鎌倉時代の食事

鎌倉時代になると、厚手のふたをつけた羽釜が広まり、ごはんの作り方が「蒸す」から「炊く」に変わります。

平安時代は形式を重視した華やかな食事でしたが、武士中心の鎌倉時代は質素で実用的。

基本的な食事は玄米と焼き魚や野菜などのおかず。

仏教による制約もなくなりも食べるようになります。

農民上がりの武士たちは新鮮な野菜などを食べていたので、貴族よりも健康で長生きをすることが多かったようです。

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鎌倉時代の服装

<出典:風俗博物館

武士の服は、民衆の服のように動きやすいものでした。

直垂(ひたたれ)という襟がまっすぐに垂れており、上の服は胸の辺りでしっかりと結んでいます。

袴も足首でしっかりと結び、動きやすくしていました。

頭には折烏帽子(おりえぼし)、腰には太刀をつけています。

◇ 女性の服装

女性も、壺装束(つぼしょうぞく)という比較的動きやすい服装をしていました。

頭には市女笠(いちめがさ)をかぶり薄い布をたらして、身分を隠したり虫除けをしたりしていました。

◇ 庶民の服装

男性は小袖と袴という、武士以上に動きやすい服装で、腰には腰刀と火打ち袋をつけていました。

女性も小袖が中心で、頭は白い布で多い長い髪を頭上でたくし上げていました。