太平洋戦争の原因|アメリカの事情と思惑4




日英同盟をめぐる3ヶ国の思い


1921年。

アメリカ、日本、イギリスなど9ヶ国が集まりワシントン会議が開かれます。

主な議題は海軍の縮小。

そして、それと同時に日英同盟が廃止されます。

 

日英同盟は日本にとって、重要な同盟でした。

第一次世界大戦後の大国はすべて白人国家。

日本は大英帝国(イギリス)と同盟関係にあることで列強に並ぶことができ、諸外国から敵意を向けられずに済んでいました。

 

一方。

日英同盟はイギリスにとってもメリットがありました。

ロシアが南に進軍してきたら、アジアにあるイギリスの植民地が奪われてしまいます。

しかし、日本と同盟関係にあることで、日本がロシアの南下を食い止めてくれます。

これによりイギリスは防衛費を大幅に削減できていました。

 

両者にメリットのあった同盟ですが、これを快く思っていなかったのがアメリカ。

シナ大陸へ進出したいアメリカは、日本を仮想敵国として準備していました。

しかし、日英同盟が結ばれたまま日本と戦争すれば、イギリスが日本側につくことになります。

太平洋側と大西洋側で同時に戦ったら、アメリカは圧倒的に不利になってしまいます。

そこで、なんとか日英同盟を解消させようと動きます。

 

また、アメリカが日英同盟を嫌ったのには立地的な問題もありました。

もともとロシアやドイツの脅威を防ぐためにあった日英同盟ですが、第一次世界大戦でその脅威がなくなりました。

しかし、日本とイギリスは同盟を結んだまま。

二大大国に挟まれたアメリカは、日英同盟の次の標的が自国・アメリカに思えてしまったのです。




アメリカの圧力。日英同盟の廃止

日英同盟をなんとかして破棄させたいアメリカ。

しかし、日本が同盟を守るために必死に抵抗します。

そこで、アメリカはイギリスに働きかけます。

 

イギリスは第一次世界大戦でアメリカから大量の援助を受けており、負い目がありました。

しかも、当時イギリス領だったカナダも日本移民の排除に熱心で、アメリカに同調していました。

そのため、イギリスは日本よりアメリカを重視しなくてはならず、アメリカの要求をしぶしぶ承諾。

 

こうして、アメリカは日英同盟を解消させることに成功します。

そして日米英仏四ヶ国同盟を結んで、日英同盟解消をカモフラージュ。

実際、この四ヶ国同盟は利害関係の調節が難しく、日本にとって何の役にも立ちませんでした。

 

日英同盟が無くなると、アメリカはシナの反日運動を援助しはじめます。

そしてアメリカの新聞は「シナでの日本の活動」を扇動的に報道。

こうして、日本にとってのシナ問題はそのまま対米問題になり、対米問題もそのまま対シナ問題になりました。

 

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