太平洋戦争の原因|アメリカの事情と思惑1

フロンティア消滅。さらに西へ!!

アメリカ独立宣言が出されたのは1776年。
その後、アメリカに住む白人たちは、原住民インディアンを駆逐し、メキシコから広大な領土を取り上げ、どんどん領土を開拓していきました。
しかし、1890年。
アメリカの国勢調査局は「フロンティアの消滅」を宣言。
アメリカ領土はすべて開拓しつくされてしまいました。

コロンブスがアメリカ大陸を発見して以来、白人たちは西へ西へと開拓を進め勢力を伸ばしてきました。
しかし、開拓する土地はもうありません。
そこで次の目標となったのがハワイ王国やシナ大陸でした。
そして、実際、アメリカはハワイを吸収し、マニラを占領しました。

シナ大陸での利権獲得争い

1904年。
日本はロシアとの戦争に勝利。
ポーツマス条約が結ばれました。
このとき仲介役として選ばれたのが、アメリカのルーズベルト大統領でした。

それまでアメリカは、列強がひしめくシナ大陸になかなか進出できずにいました。
しかし、日本が勝って仲介役に選ばれたことでチャンスが来たと考えました。

1906年。
アメリカの鉄道王エドワード・ヘンリー・ハリマンが来日。
ポーツマス条約によって日本が手に入れた満州鉄道を、共同経営しようと持ち掛けました。
当時の日本は、日露戦争の出費でお金に困っており、ロシアの脅威も残っていたため、これを了承。
しかし、ここで外務大臣・小村寿太郎が
「日本の将兵の血を流し手に入れた満州をアメリカに売り飛ばすことはできない」
と反対運動を起こし、一度結ばれた契約を一方的に破棄してしまいました。

満州鉄道の契約が破棄されたアメリカ。
それでもシナ大陸での利権を諦めず、様々な作戦を展開しますが、どれも失敗。
西へ進出したいアメリカ人のフラストレーションは徐々に溜まっていき、矛先が日本に向き始めました。

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