第83代天皇 土御門天皇

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<出典:wikipedia

第83代天皇
 土御門天皇 つちみかどてんのう
(1196年~1231年)

1196年。
土御門天皇は後鳥羽天皇の第一皇子として誕生。
母は源在子。名は為仁といいました。

1198年。
土御門天皇はわずか4歳で父・後鳥羽天皇から天皇の位を譲り受けました。

土御門天皇の即位にあたっては、源頼朝が反対していました。
土御門天皇の母は、土御門通親の養女で父は平時子。
頼朝にとって、都合の悪い血筋だったのです。

しかし、権力が強かった通親の政治力により、土御門天皇が即位することになりました。

歴史物語『増鏡』によると、土御門天皇は自由奔放だった父に比べて「少しぬるくおはしまし」と評価されており、性格も「あてにおおどか(優雅でおっとり)」とされています。

当時、後鳥羽上皇は鎌倉幕府から政権を取り返すことを考えていたので、土御門天皇の様子をみて不安に思っていました。
そこで、1210年。
後鳥羽上皇は土御門天皇を16歳で退位させました。
こうして土御門天皇は若くして上皇となりました。

承久の乱で土佐に流される

1221年。
後鳥羽上皇が鎌倉幕府を倒すために兵をあげました。
このとき土御門上皇(土御門天皇)は「いまは時期でない」といって、後鳥羽上皇を思いとどまらせようとしました。
しかし、後鳥羽上皇は構わず挙兵。
承久の乱が起こりました。

承久の乱は、鎌倉幕府の勝利で決着。
敗れた後鳥羽上皇は隠岐に流されてしまいました。
孝心が篤かった土御門上皇は、「父が流されたのに、ひとりだけ都にとどまれない」として、幕府に遠流することを要求しました。
しかし、土御門上皇は承久の乱にほとんど関与していません。
そのため幕府は断りますが、それでも要求が続いたため、土佐へ流すことに決めました。

1年半後。
鎌倉幕府の意向で、土御門上皇はすこしでも都に近い阿波へと移りました。
そして、阿波で9年過ごした後、37歳でこの世を去りました。