きっとあなたも誤解している。「A級戦犯」の「A」の意味。

<出典:wikipedia

「A級戦犯」は、「戦争ですごく悪いことをした主犯級の人のこと」を意味する言葉だと思っていませんか?
現代でも、何かまずい事が起きたときにその中心となって事件を起こした人や一番酷いことをした人のことを「あいつがA級戦犯だ」と言うことがありますが、
私たちは「A級戦犯」という言葉を正しい意味で理解しているでしょうか?

A級戦犯とは

第二次世界大戦で日本は敗けました。
勝った連合国側は、戦後にポツダム宣言に従って、日本の重要な戦争犯罪人を裁くための裁判を行うことにしました。
ただし、それを裁くための法律がなかったので、まず極東国際軍事裁判所条例を作り、その第五条(イ)項で戦争犯罪に関して定義を作成し、それを元にして東京裁判(極東国際軍事裁判)を開きました。
この法律は、「事後法」と言われ、裁くために作られた法律であり罪状ですから、違法だと考えられています。
ただ議論の余地が大きく残されているテーマですので、それはまたの機会に。

作られた条例には3つの種類の罪が明記されていました。

A.平和に対する罪
B.戦争犯罪
C.人道に対する罪

英語で作られたこの条例は、ABCに分けて書かれており、A級戦犯とは、このAの平和に対する罪で有罪となった者を呼ぶ呼び方です。
つまり、ABCは罪の深刻さでレベル分けされたのではありません。
3つにグループ分けされた罪状のうち、平和に対する罪のグループをAにしたので、それを犯したとされる人々がA級戦犯と呼ばれることになったに過ぎません。
AがBやCより罪が重い、という意味はないのです。

戦争犯罪人の起訴まで

ソビエト連邦のポツダムによって行われたポツダム宣言の合意に基づき、1945年7月26日にアメリカ、イギリス、中華民国の名において大日本帝国に対して無条件降伏を求めるポツダム宣言が発せられました。
その宣言の中に「我らの捕虜を虐待した者を含む一切の戦争犯罪人に対しては厳重な処罰が加えられる」とあります。
さらに、同年8月8日にイギリス、アメリカ、フランス、ソビエト連邦の4ヶ国が「欧州枢軸諸国の重要戦争犯罪人の訴追求お呼び処罰に関する協定」(ロンドン協定)を締結し、8月10日それらを日本が受諾しました。
9月2日には日本の降伏文書調印式が行われています。

その後、ダグラス・マッカーサー連合国軍最高司令官が中心になって東条英機を逮捕し、戦争犯罪人容疑者のリスト作成が行われました。
この際、アメリカ政府は、占領政策の円滑化のために日本に天皇が欠かせないという認識があったため、昭和天皇の訴追は行っていません。

A級戦犯者たち

アメリカ軍の憲兵司令部へ出頭命令を受けた戦犯容疑としての逮捕者は126名。
それ以外に5名が逮捕・出頭前に自殺しています。
中でも28名がA級戦犯として昭和天皇の誕生日4月29日に起訴され、病死や精神障害により裁判を終了できなかった3名以外の25名が判決を受けました。
さらにそのうち以下の7名の男性がA級戦犯として死刑判決を受けました。

東條英機(陸軍大将、元首相)
土肥原賢二(陸軍大将)
松井石根(陸軍大将)*
武藤章(陸軍中将)
板垣征四郎(陸軍大将、元陸軍大臣)
広田弘毅(元首相)
木村兵太郎(陸軍大将)

彼らは、当時の皇太子明仁親王の誕生日である1948年12月23日、真夜中の巣鴨プリズンで絞首刑を執行されました。
これら天皇、皇太子の誕生日を起訴や死刑執行日に選んだのは、訴追できない天皇に対する連合国側の意図があったと言われています。

*追記:松井石根はA級戦犯としては無罪、B級戦犯として処刑されているが、同時期に処刑された人々が全てA級戦犯だったことから、今でもA級戦犯とされることがある。