明治時代|1871年 岩倉米欧使節団の派遣

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強力な武器と、高度な機械。

これらを使う白人を見て、日本人以外の有色人種は無力感を抱きました。

ところが、日本人は卓越した西洋文化に好奇心を抱き、知識と技術を吸収。

植民地化も防いで国家の独立を守りました。

これこそ、明治維新の最も重要な意義でした。

 

明治政府は江戸幕府を倒した後、どのような国をつくるべきか迷います。

このままでは外国に植民地化されてしまうという危機感だけを持っていました。

そこで、岩倉具視を団長とする米欧使節団を結成。

政府の指導者みずから先進国をまわって日本のあり方を考えます。

 

この使節団には、木戸孝允大久保利通伊藤博文など明治維新の主役たちが参加。

1年10ヶ月もかけてアメリカ、イギリス、フランス、ドイツなど12ヶ国を見てまわります。

いよいよ、新政府ができて基礎を固めようというときに、1年10ヶ月も主要メンバーが日本からいなくなるのです。

これがどれだけ凄いことか・・・。

現在活躍する大企業でも、これほど念入りに調査して戦略をねるところはほとんどありません。

近代文明と富に驚いた使節団一行

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石畳で舗装された道路。

そのわきに並ぶ、江戸城よりも高い石造りの建物。

しかもそこに住んでいるのは、ただの庶民。

 

こうして、近代文明の力と富に圧倒された使節団一行は

「士農工商にこだわっていては、どうにもならない。
工業商業を発展させなければ欧米諸国と富の差ができてしまい、強大な武力を保持できない。
そのためには、徹底して欧米化する以外に道はない。」

と覚悟を決めます。

 

こうした、徹底した視察のかいあって、その後欧米化政策を次々と進めていきます。

廃藩置県に廃刀令だけでなく、莫大な借金をして商工業に投資など。

こうして、明治維新が実現したのです。