ドラマチックな恋物語のヒロイン・額田王

はじめに

『万葉集』に十数首の歌が掲載されている額田王(ぬかたのおおきみ)

飛鳥時代、額田王は皇極天皇に采女(女官のこと)として仕えていました。

才能豊かな額田王は皇極天皇(こうぎょくてんのう)に重宝され、皇極天皇の息子である大海人皇子(のちの天武天皇)のもとに嫁ぎます。

そして、二人の間には十市皇女という娘が生まれます。

しかしその後、大海人皇子と額田王は引き離されてしまうことになります・・・。

大海人皇子の兄・中大兄皇子

大海人皇子には、中大兄皇子(のちの天智天皇)という兄がいました。

中大兄皇子は、大海人皇子と額田王を引き離し、そのまま額田王を妻にしてしまいます。

しかし、大海人皇子は額田王への想いを断ち切ることはできません。

額田王は兄と弟に愛されてしまうという、恋の三角関係に身を置くことになったのです。

大和三山の妻争い

『万葉集』にある中大兄皇子の歌には、自分と弟、そして額田王のことを指しているのではないか?というものがあります。

それが、『香具山は 畝火ををしと 耳成と相あらそひき 神代よりかくにあるらし 古昔も然にあれこそうつせみも 嬬をあらそふらしき』という歌です。

【意味】
昔にも大和三山(香具山、耳成山、畝傍山)が三角関係で争っていたというから、今でも妻をめぐって争うものらしい

この歌は“大和三山の妻争い”、つまり香具山と耳成山が、畝傍山をめぐって争っていたという伝説を詠んでいます。

大和三山の妻争いは、香具山を女性とする説と男性とする説がありますが、この場合では女性=額田王という考え方をしているというわけですね。

さて、三人の複雑な三角関係を詠んだのではないかと考えられる歌は他にもあります。

薬猟で詠まれた歌

668年の5月5日に、天智天皇は近江の蒲生野(現在の滋賀県)に薬猟(くすりがり)に出かけます。

薬猟とは、薬にするために鹿の角を狩ることです。

その薬猟の後に行われた宴会の余興として、額田王と大海人皇子が歌を詠み合います。

『あかねさす 紫野ゆき 標野ゆき  野守は見ずや 君が袖振る』

【意味】
茜色の紫草の御料地(天智天皇の領地)を、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。番人は見ていないかしら。あなたが私に袖を振るのを

袖を振る仕草というのは求愛の仕草ですから、それを人に見られたら……ということですね。

これに対して大海人皇子は、『紫の にほへる妹を 憎くあらば  人嬬ゆえに 吾恋ひめやも』と返します。

【意味】
紫草のように匂い立つ美しいあなたが憎く思うなら、人妻だというのに秘められそうもない恋心など持ちません

密やかであるけれど、まだお互いに想い合っている。

そう受け取れる歌ですね。

ドラマチックな恋物語は一体・・・?

額田王たちが三角関係にあったという確証を得られるものは残っていません。

額田王と大海人皇子が交わした歌も、先にお話ししたように、宴会の余興として詠われた歌では?という説もあります。

あなたは歌から想像できるこのドラマチックな物語を、一体どう捉えますか?