“力の斎藤” 、幕末三大流派「神道無念流」

はじめに

「技の千葉」「位の桃井」に並び、「力の斎藤」と謳われた神道無念流剣術。

幕末の江戸三大道場として剣名を轟かせた、練兵館(れんぺいかん)を指す言葉です。

道場の創設者である斎藤弥九郎は力強い剣風で知られており、練兵館は荒稽古でも恐れられていました。

剣術には「一眼二足三胆四力(いちがんにそくさんたんしりき)」という言葉があり、これは剣にとって大切な要素を順に並べたものです。

第一に「眼」。

観察や洞察といった相手を見極める能力、さらには的確にチャンスを捉えつつ、しっかりと相手を見据えて気迫で圧倒するという意味も込められています。

第二の「足」。

フットワークを意味しています。状況に応じた素早く的確な足捌きで、最適な位置に移動して優位に戦いを進めていくことを教えています。

第三の「胆」

胆力のこと。果敢に打ち込んでいくための勇気や思い切りの重要性をあらわしています。

最後の「力」。

読んで字の如く、筋力のことです。実戦において重い真剣を自在に扱うには腕力が必要であり、身体的な強靭さは必須の条件だったからです。

 

現代剣道では第四の要素に「力」を置くことによって、パワーやスピードが第一の条件ではないということを暗に教える意味合いとも解釈されています。

しかし、神道無念流があえて「力」の剣術であるというのは、決して力任せに剣を振ることを信条としているわけではありません。

そこには真剣勝負に対する切実な思いと、厳粛な覚悟が込められているのです。

そんな神道無念流について、その概要をお伝えしたいと思います。

「神道無念流」とは

神道無念流は江戸時代中期、「福井兵右衛門」という剣客によって開かれました。

剣術に加えて「立居合」と呼ばれる立位での抜刀術を伝えており、幕末の時点ではもっとも広く全国諸藩へと伝わった流派のひとつとなりました。

形の上では上段の構えから相手の太刀を打ち落として突く、刀身に左手を添えて近間で頭から腰まで斬り下げる、打ち込んでくる相手の両腕を、下から刃で受け斬るなどの豪快な技が見られます。

また、幕末の竹刀打ち込み稽古では、軽い打突をけっして許さず、強力な打ちでないと一本として認めないという厳しさを貫いていました。

これは防具を着用しての試合では、打ち込みが軽くなりがちになるという傾向を戒めるためのものといわれ、真剣勝負においての一刀必斬の気概を養ったとされています。

現代にも息づく神道無念流

神道無念流剣術は、現代剣道に強く影響を与えた流派のひとつとしても知られています。

明治以降に剣術組織が全国的な統一の方向へと進み、近代剣道の礎である「大日本武徳会」が発足します。

その創立メンバーとして神道無念流の剣士が影響力をもったため、この流派の系譜を引く剣道家が多数存在したのです。

現代でも神道無念流と剣道の両方を併修する団体があり、幕末以来の伝統である荒稽古で知られています。