『源氏物語』の誰も読んだことのない幻の巻「雲隠」

それぞれ優雅なタイトルがついた54帖(巻)から成る長編物語『源氏物語』。

藤原道長の娘、彰子(あきこ)に仕えた紫式部が書いた古典物語文学の最高峰です。

しかし、その54帖のうち1帖だけ本文のないものがあるのを知っていますか。

題名だけはあるのです。

その不思議な巻の名は「雲隠(くもがくれ)」。

『源氏物語』の構成と「雲隠」の巻の位置

物語の主人公は、光源氏。

全体で54帖ある物語は、おおまかに3つに分けられます。

第一部は1帖から33帖の源氏の誕生から恋の遍歴、不遇時代を経て准太上天皇(上皇に準じる地位)になるまでの約40年間。
第二部は34帖から41帖で、源氏の晩年14年間を綴ったもの。
第三部は42帖から54帖の源氏の死後、宿命の子である薫の世代を描いたもの。その中でも45帖から54帖までを『宇治十帖』と呼びます。

これらの中に「雲隠」も含まれるのですが、それを54帖の中に数える場合と数えない場合があります。

数える場合は40帖「幻」と42帖「匂宮」の間の41帖が「雲隠」です。

しかし、それをカウントしない場合には、34帖の「若菜」が長いため、34帖「若菜上」、35帖「若菜下」に分けて数え、結局全体は54帖のままです。

「雲隠」には何が書かれていたのか

光源氏の物語は、「幻」の巻(41帖)で終了します。

それは源氏の52歳の大晦日までのお話です。

次の巻である「匂宮」までは8年間の空白期間があり、その間にもう源氏は出家をして死去しています。

「匂宮」を読めば、そのことが書かれています。

「雲隠」という言葉が暗示しているのは、源氏の「出家」か彼の「死」、もしくはその両方かもしれません。

「雲隠れ」の本文がない謎

なぜ本文がないのか、長く論争されている大きな謎です。

考えられる理由が3つほどあります。

1. 紫式部が意図的に巻名だけをつけて本文を書かなかった
2. 紫式部が書いた本文が散逸してしまった
3. 本文がないまま「雲隠」の巻名だけが誰かに付けられた

「雲隠」の題名を記録に探すと、1199年ごろに作られた源氏目録に見られる「雲隠」のタイトルが最古のものだと言われています。

他に1200年代に書かれた記録の中で『源氏物語』に言及しているものはありますが、「雲隠」について書いているものはありません。

「雲隠」はおそらく鎌倉時代以降に誰かによって加えられたのではないか、つまり3が正しいのではないかと言われています。

紫式部が源氏の「出家と死」を描かなかった理由

本居宣長(もとおりのりなが)は『源氏物語』の注釈書である著書『玉の小櫛(たまのおぐし)』の中で「雲隠」が存在しない理由について考察しています。

作者である紫式部は、源氏目線で彼の妻・紫の上の死という「もののあはれ」の心情を書き尽くしており、源氏の死についてはもう誰の目を通しても書くことができないからだ、と述べています。

紫式部はあえて何も書かずにいたのだ、と。

この考察には説得力があります。

なぜなら「あの」紫式部だからです。

彼女は、『源氏物語』の根幹テーマとなる全ての始まり「源氏と藤壺宮との不倫関係」について、具体的には何も描写していません。

「引き算」の効果を考え、あえて書かずに読者の想像に任せることを選んでいます。

その彼女の手法とセンスを考えれば、源氏の出家や死などを生々しく語らないことにも頷けます。

 

54帖に及ぶ、めくるめく長編『源氏物語』を「書き切った」紫式部の手腕に私たちは凄さを感じます。

その上、「書かなかったこと」でさらにその物語に陰影を付け、奥行きを感じさせるなんて。

こういった魅力があるから、1000年たった今でも名作として残っているのでしょう。