隕石から造られた日本刀! 「流星刀」

はじめに

人類にとって「鉄」との出遭いは、まさしく時代の画期となる歴史的な出来事でした。

「鉄器時代」という時代区分があるように、産業や文化にも多大な影響を及ぼしたのです。

 

人類が最初に遭遇し、実用に供することができたのはおそらく地球上の鉄ではなかったと考えられています。

頻繁に飛来する隕石の中には鉄の成分を含んだものがあり、それが大気圏との摩擦熱で自然に精錬された隕鉄が利用されたとされています。

海外にも隕鉄を利用して作られた刀剣類や刃物があり、鉄器の起源となったことが想像されています。

日本でもこの隕鉄に並々ならぬ関心を抱き、この素材で日本刀を製作したという事例があります。

「流星刀」と呼ばれるその刀は、意外な人物が発注したことでもよく知られています。

今回はそんな流星刀についてご紹介したいと思います。




流星刀とは

日本における流星刀は、1890年(明治23年)に富山県で発見された隕鉄がその起源となっています。

漬物石としての利用を目的に石材を探していた住民により発見された物体。

大きさに比してあまりにも重いことから、調査の結果隕鉄であることが判明したものです。

これを素材にして日本刀を製作したのは刀工・岡吉国宗で、通常の素材に比べて非常にやわらかかったことから鍛造に苦心したことが伝わっています。

結果として、隕鉄と通常の鋼を一定の割合で混合することによって強度を確保し、見事日本刀として形作ることに成功したのです。

隕鉄はその特性から地球上の鋼とは異なる輝きを有しているとされ、これを使用した「流星刀」は非常に希少なものとして珍重されています。

発注者は意外な旧幕臣

隕鉄から日本刀を作ろうと考えたのは、実は歴史上でも有名な旧幕臣でした。

その名は榎本武揚(えのもとたけあき)

箱館戦争で最後まで新政府軍と戦った旧幕府軍のリーダーです。

戦後、その能力を惜しまれて新しい時代のために明治政府に出仕することになった武揚は、ロシア大使としてサンクトペテルブルクを訪れた際、ロシア皇帝のコレクションの中に隕鉄で作られた刀剣を目にします。

それに感銘をうけた武揚は帰国後に前述の隕鉄のことを知り、なんと自分で買い取ってそれを材料として日本刀製作を刀工に依頼したのです。

原料隕鉄からは約4kgの鉄が採取され、大刀二振り、小刀三振りが打ち上がりました。

うち、一振りは当時の皇太子、すなわちのちの大正天皇に献上されたといいます。

そして2017年6月20日、武揚が創建した北海道小樽市の龍宮神社に、武揚のひ孫にあたる榎本隆充氏が、榎本家に伝わる流星刀の小刀を奉納したことがニュースとなりました。

武揚が夢を込めた流星刀が、時を超えて再び歴史の表舞台に登場したのでした。