剣に並ぶ武士の表芸「弓術」に迫る!

はじめに

「弓馬の道」「弓取り」「弓を引く」・・・等々、「弓」がつく言葉や慣用句は枚挙に暇がありません。

それというのも、弓を扱う術は武士にとって戦場を生き延びるために必要不可欠な技術であり、弓取りが武士の代名詞でもあったほど重要なものだったためです。

武士といえば剣をイメージしますが、戦国時代以前の武士にとっての表芸とは弓を射る技だったのです。

ここではそんな弓術の中の「騎射」「歩射」「堂射」についてお伝えしたいと思います。

騎射とは

古来の武士にとって、鉄砲伝来以前の射撃兵装であった弓はアウトレンジから狙撃できる強力な武器でした。

したがって、弓の扱いに長けた者はすぐれた戦士として活躍したのです。

とりわけ重要とされたのが、疾駆する馬の背にまたがった状態で弓を射るという技で、これを総称して「騎射」といいます。

現代でも神社などの行事で行われる「流鏑馬(やぶさめ)」がまさにそれで、疾走する馬の上から的を射抜くというものです。

他にも笠やその他の物を的にして、同じように疾駆する馬上から狙う「笠懸(かさがけ)」、チームを組んで馬場に多数の犬を放し、傷付けないような細工が施された矢で射った数を競う「犬追物(いぬおうもの)」などがあります。

流鏑馬・笠懸・犬追物の三つをまとめて「騎射三物(きしゃみつもの)」と呼んでおり、娯楽的な要素も含んだ武士の訓練として行われていました。

「歩射」とは

「歩射(ぶしゃ)」とは騎射に対して、下馬して歩兵戦術として行う弓術のことで、南北朝時代以降の戦場で一般化した技法とされています。

「繰矢(くりや)」といってできるだけ遠くへ矢を飛ばす方法や、「数矢」という連射・速射の技法などが発達しました。

近代戦における歩兵の小銃射撃のような戦法が見受けられ、片膝立ちでの射法や遮蔽物の隙間から敵を狙う方法など、さまざまな技が編み出されました。

「堂射」とは

「堂射」とは江戸時代に隆盛した射法のスタイルのひとつで、寺社などの御堂で定められた高さ・距離・時間の間でいかに多くの矢を目標に到達させるかという、いわゆる「通し矢」のことです。

京都の三十三間堂で行われたものが特に有名で、今もそのときの矢傷が残っているほどです。

戦闘技術そのものというよりは鍛錬や競技としての側面も強いものですが、この堂射のために工夫された弓術道具は後の「弓道」にも大きな影響を与えることになりました。

 

弓は武器としてのみならず、礼法や魔を払う儀式的な側面も有してきました。

その思想や様式美は、日本文化の精華のひとつとして脈々と受け継がれています。