第6~9代天皇 孝安天皇~開花天皇

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第6代天皇

孝安天皇  こうあんてんのう (紀元前427~紀元前291年)

 

欠史八代のひとり。

在位102年という、歴代天皇で最長の記録をもつ天皇です。

『日本書紀』によると、なんと137歳で亡くなったとされていて、実在性に疑問の声も多くあります。

 


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第7代天皇

孝霊天皇 こうれいてんのう (紀元前342~紀元前215年)

 

欠史八代のひとり。

この時期の天皇の多くは葛城に都を置きましたが、孝霊天皇は磯城の黒田庵戸宮(くろだいおとのみや)に都を移しました。

子どもの倭賭迹迹日百襲媛命(やまとととびももそひめのみこと)が、第10代崇神天皇の時代に巫女として活躍。

一説では彼女が卑弥呼だったとも言われています。

また、皇子の吉備津彦命(きびつひこのみこと)は崇神天皇の題で山陽道を制圧。

『桃太郎』のモデルになったという伝説があります。





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第8代天皇

孝元天皇 こうげんてんのう (紀元前273~紀元前158年)

 

欠史八代のひとり。

奈良県橿原市大軽町付近の境原宮に都を移しました。

『帝王編年記』によると、畝傍(うねび)の西南方向にあったとされています。

孝元天皇には3人の子ども、大彦命(おおびこのみこと)・少彦男心命(すくなひこおこころのみこと)・開花天皇がいました。

大彦命は、のちに崇神天皇の四道将軍のひとりとなり、その子孫は有力豪族となっていきました。

 


第9代天皇

開花天皇 かいかてんのう (紀元前208年~紀元前98年)

 

欠史八代、最期のひとり。

実在が有力な第10代天皇の父ですが、その業績は判然としていません。

都を奈良市内の率川宮(いざかわのみや)に移しました。