松尾芭蕉(江戸時代)

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<出典:wikipedia

松尾芭蕉 まつおばしょう (1644~1694)

 

1644年。

松尾芭蕉は三重県の下級武士の家に生まれました。

19歳の時に、学問と俳句好きの藤堂氏に仕え、芭蕉も一緒に北村季吟(きぎん)から俳句を学びました。

ところが4年後。

自分を可愛がってくれた藤堂氏が亡くなってしまいます。

そこで芭蕉は京都へ行き、そこで俳句の修業を積みました。

 

数年後。

芭蕉は俳句で生計を立てる決心をすると、江戸へ旅立ちます。

しかし、俳句師としての生活は厳しく、神田上水の工事をしたりして、なんとか食いつないでいました。

 

このころ江戸では、町人の生活を題材にした、面白い俳句が流行。

芭蕉もこのような俳句を詠んで知られるようになります。

すると、だんだん弟子が増えてきて生活できるようになっていきます。

静かで落ち着いた、芭蕉の俳句を確立

37歳の冬。

芭蕉は俳句の先生をやめると、隅田川の向こう側に小さな家を作り、生活を開始。

やがて芭蕉は、おもしろ味などを追い求める俳句を離れて、厳しく自分を見つめ俳句の世界を深めていきます。

自分を見つめるために芭蕉が取った行動は、旅に出ること。

ひたすら旅をすることで芭蕉は人生を見つめ、様々な名句を残します。

特に下の句は有名で、新しい俳句の世界を切り開きました。

 

「古池や   蛙(かわず)とびこむ 水の音」

(あぁ、遠くに古い池があるなぁ。
周りは雑草や雑木林で覆われていて時がゆっくり流れているようだ。
・・・。
ポチャン。
・・・。
・・・。
あぁ、蛙が古池に飛び込む音がしたなぁ。
・・・。
あたりは、また、もとの静けさに包まれた。)

 

46歳になった松尾芭蕉。

弟子の曽良(そら)をつれて東北から北陸をめぐる長い旅に出ました。

半年近い苦しい旅の中、自然と歴史を見つめながら、多くの俳句を詠みます。

「閑かさや(しずかさや) 岩にしみ入る 蝉の声」

 

芭蕉が詠んだ句は、「奥の細道」にまとめられ、だんだん「静かで落ち着いた雰囲気」の芭蕉の俳句が確立されました。

1694年。

芭蕉は旅に出ると大阪へ到着。

そこで病気になり、最期に一句詠んで、その生涯に幕を閉じました。

「旅に病んで 夢は枯れ野を かけめぐる」