自然に沿った見事なカレンダー!「旧暦」とはどんな暦?

はじめに

現在わたしたちが使っているカレンダーは「グレゴリオ暦」という太陽暦に基いています。

しかし、かつての日本では現在とは異なる仕組みのカレンダーを使っていました。

それが「旧暦」。

現在のカレンダーでも、ものによっては新暦に加えて旧暦では何日に当たるのかを併記したものや、「旧正月」や「旧盆」等々、旧暦での行事や祝い事が書かれているものもあります。

そんな旧暦とは、いったいどのような暦だったのでしょうか。

太陰暦

旧暦を知るために、まずは「太陰暦」とは何かを理解しましょう。

現在のわたしたちが使っている太陽暦は、太陽の天球上の運行によって一年というターンを理解するものですが、太陰暦は月の満ち欠けによって期間を捉えています。

「太陰」とは月のことであり、約一か月をかけて新月から次の新月へと満ち欠けを繰り返しています。

正確には29.5日という周期で満ち欠けし、これを「朔望月」といいます。

確実に一か月というターンをはかることができるため、文明の起こりなどで用いられた原始のカレンダーも太陰暦だったと考えられています。

旧暦では29.5という端数を処理するために一か月は29日か30日のどちらかであり、前者を「小の月」、後者を「大の月」としていました。

また、これでは一年間の365日に満たなくなるため、定期的に一年を13か月とする「閏年」を設けて誤差を解消するという方法がとられていました。

また、月の満ち欠けは植物の生育にも大きく影響するため、農業に適したカレンダーでもあったのです。

太陽暦

文字通り、太陽の天球上の運行によって一年を理解するカレンダーで、現在わたしたちが使用しているのがこれです。

旧暦ではこの一年間を「二十四節気」という二十四分割の季節に分けて捉えており、「立春・立夏・立秋・立冬」や「春分・夏至・秋分・冬至」など現代でもよく用いる区分がそれらに含まれています。

太陽の天球上の軌道である「黄経」の0度が春分点であり、90度が夏至、180度が秋分、270度が冬至に当たり、その間に他の二十四節気が配当されることになります。

旧暦は太陰太陽暦

以上のことを踏まえて、旧暦とは太陰暦を中心としつつも太陽暦の要素をとりいれた「太陰太陽暦」と呼ばれる高度なカレンダーであったことが分かります。

元々は中国から輸入した暦をそのまま使っていましたが、日本からの天測結果に基く改暦などを踏まえて、日本の風土に適したスタイルへと変化していったのです。