平安時代の流れと食事・服装・生活を解説2




平安時代の食事

上流階級は米を主食としており、中国の文化が入ってきて麦を麺にして食べることも。

主食を補完するものとして豆類やイモ類も重要な役割を果たしていました。

野菜のメインはウリ類。

そのほかに、ネギ類、水菜類、きのこ類なども食べていました。

ただ、上流階級以外は質素な生活で、中流階級でも一汁三菜程度。

庶民は米にアワやヒエなどの雑穀を混ぜて食べていました。

◇ 食事の一例

米、大麦、小麦、カラスムギ、アワ、キビ、ヒエ
大豆、小豆、黒豆、ササゲ、えんどう豆、
山芋、クワイ
ウリ類、ねぎ、ニラ、にんにく、らっきょう、せり、ジュンサイ、アオナ、かぶら、ふき、こんにゃく、
なすび、アブラナ、ワラビ、ごぼう
うど、イタドリ、ユリ、たけのこ、タラノメ、きのこ類
イワシなどの魚、貝類、海藻類
ヤマドリ、ハト、カモ、ウズラなどの鳥類
クマ、アシカ、アザラシ、シカ、タヌキ、イノシシ、ウサギ
牛、馬、鯨、イルカ
桃、スモモ、ウメ、カキ、タチバナの実、梨、びわ

◇ 調理 

味付けの基本は塩と酢。

ほかにも醤油や味噌のルーツになる醤(ひしほ)や味醤(ミソ)がすでにあり、わさびやタデなども味付けに使われました。

蒸もの、茹もの、煮物、こごり、焼もの、吸もの、あえもの、干物、漬物などを作られていたが、油で炒めることはまだありませんでした。




平安時代の服装

<出典:wikipedia

平安時代になると途中から中国の文化が入ってこなくなります。

また、長く平和な時代が続きます。

そのため、日本独自の文化が発達します。

象徴的なのが十二単(じゅうにひとえ)。

色鮮やかな服を何枚も重ね着して、美しさを際立たせます。

あまり重ね着していては戦に巻き込まれたときに逃げ遅れてしまいますが、平安の世ではそのような心配はなかったのでしょう。

ちなみに”十二単”という名前ですが、”12枚”という意味ではなく、”たくさん”という意味で使っていたので、12枚以下のことも12枚以上のこともありました。

◇ 男性貴族の服装

平安時代は貴族社会。

そのため、衣服も身分によって細かく定められていました。

身分の高い男性ほど裾の長いものを身につけていて、参議以上の官職になると太刀を身につけることも許されていました。

◇ 女性貴族の服装

女性たちは十二単を着ていました。

小袖、長袴、単、五衣、打衣、表衣、唐衣、裳、物具装束といったものを着込んでおり、季節によって、着る枚数も変わりました。

◇ 庶民の服装

直垂という上下に分かれた服を着ていました。

とても動きやすく、後に武士たちの普段着として使われるようになります。

 

平安時代の生活

<出典:wikipedia

貴族は寝殿造(しんでんづくり)とよばれる屋敷に住んでいました。

中央の寝殿には主人が住んでおり、その北側には妻が。庭には大きな池もありました。

起床はだいたい午前3時。

起きたら自分の星の名前を7回唱え、歯を磨き、西に向かって祈る。

昨日のことを日記に書き、朝食を食べ、髪をとかす。

午前7時に朝廷に出勤して仕事を始めます。

・・・が、午前10時過ぎには仕事を終えて、自分の屋敷に帰宅します。

貴族は基本的に仕事がなく、遊びや儀式が生活の全てでした。

午後の自由な時間には、和歌や音楽、花見、けまり、すごろく、貝あわせ、歌あわせなどしていました。

ただ、これはあくまでも上級貴族の生活。

庶民の中には、住む家もないくらい貧しい生活をおくる人も多かったようです。