第17・18代天皇 履中天皇~反正天皇

Kamiishizu_Misanzai_Kofun_haisho

<出典:wikipedia

第17代天皇

履中天皇 りちゅうてんのう (~405年)

 

履中天皇は仁徳天皇の第一皇子として生まれました。

 

仁徳天皇から、天皇は人間的に描かれるようになりました。
それに伴い、王族同士の争いなども描かれるようになります。

 

履中天皇がまだ、天皇になっていないころ。

履中天皇は黒媛と結婚するため、住吉中皇子(すみのえなかのみこ)を使者として送ります。

しかし、住吉中皇子は黒媛に会うと、その魅力に取り込まれてしまいます。

そして、履中天皇の名を語って黒媛を騙すと、黒媛を犯してしまったのです。

これを知った履中天皇は激怒。

一方、住吉中皇子も本物の履中天皇を殺してしまおうと考え、挙兵します。

住吉中皇子の兵に追われた履中天皇は、難波を逃れ、石上神宮(奈良県)に逃げ込みます。

石上神宮は武器庫でもありました。

そこで、履中天皇は瑞歯別尊(みずはわけのみこと)に命令し、住吉中皇子を殺します。

 

住吉中皇子の脅威がなくなると、履中天皇は磐余稚桜宮(いわれわかざくらのみや)で即位。

再び大和に都を戻します。

 

即位した履中天皇は、様々な人の力を借りて政治を運営します。

武内宿禰の子孫の蘇我満智宿禰(そがのまちすくね)
平群木菟宿禰(へぐりのつくのすくね)
円大使主(つぶらのおおみ)
物部伊莒弗大連(もののべのいこふのおおむらじ)

などが天皇のもとで政治を行い、中央に権力が集中しはじめました。


Tadeiyama_Kofun_haisho

<出典:wikipedia

第18代天皇

反正天皇 はんぜいてんのう (~410年)

 

反正天皇は履中天皇の弟で、仁徳天皇の第三皇子。

反正天皇は履中天皇の即位に協力し、側近を使って住吉仲皇子を殺害しました。

こうした事情から、履中天皇のあとに反正天皇が即位し、史上初の兄弟継承が行われました。

 

反正天皇の時代。

都は丹比柴籬宮(たじひのしばかきのみや)に置かれました。

『日本書紀』によると、この時代は「五穀みのり人民賑わいて天下泰平なり」となっており、平穏な時代だったようです。

ただ、その他に反正天皇の政治についての記録はなく、書かれているのは容姿のみ。

それも、「生まれた時からすでに歯があり、一枚の歯のようにキレイに並んでいた」とか、「身長が約3メートルあった」とか信憑性に乏しいものばかり。

そのため、実在を疑う声もあります。