大正時代の流れと服装・生活・食事を解説

大正時代

1914年、第一次世界大戦が勃発します。

世界史上初の世界大戦で、戦車や毒ガスといった新兵器も登場し、900万人という大量の死傷者を出しました。

 

この戦争のきっかけは、バルカン半島でセルビアとオーストリアが対立したこと。

ドイツがオーストリア側につきロシア・フランス・イギリスがセルビア側についたことで世界を巻き込んだ戦争になります。

日本はイギリスとの同盟を理由に参戦。

ドイツ領の青島を攻撃し勝利すると、中国政府に対して二十一か条の要求を突きつけ、中国における権益拡大を狙います。

しかし、これにより中国人の反日感情が高まります。

 

第一次世界大戦で現れた大金持ちと貧乏人

第一次世界大戦は権益の拡大とともに、経済にも大きな影響を与えます。

戦争中は連合国側から軍事物資の注文を大量に受け、ものが飛ぶように売れます。

こうして、成金と呼ばれる人達が増えますが、好景気によりモノの値段は上がり、貧富の差が広がったうえに、大戦が終わると不景気に陥ります。

 

第一次世界大戦のあと、国際的に発言権を増した日本ですが、1918年からのシベリア出兵では惨めな結果に終わります。

ロシアでは革命が起きており、革命軍を抑えるために捕虜のチェコ人を使っていました。

このチェコ人を救出するという名目を得た日本は、権益拡大を狙ってロシアに出兵。

しかし、非正規軍の抵抗で大きな被害を出した上に、国際的に領土的野心を疑われてしまいます。

また、国内ではシベリア出兵にともない米の価格が暴騰。

さらに米の価格が上がると考えた商社が米を買占めたため、どんどん値段が上がります。

民衆は米を手に入れられなくなり、米問屋が襲撃されたり大手商社が焼打ちにあいました。




国際的に認められはじめた日本

1919年。

フランスのパリで連合国とドイツの平和会議に日本も参加。

国際連盟の委任により、赤道より北の旧ドイツ領南洋諸島の統治を認められました。

また、このとき日本は人種差別撤廃案を提出しますが、アメリカなどの大国の反対により棄却されてしまいます。

1920年。

世界で初めて国際平和機構として国際連盟ができ、日本、イギリス、フランス、イタリアなどが常任理事国に選ばれました。

こうして、日本でも世界でも国際協調の気運が高まります。

 

普通選挙法の成立。民主主義が広まる!

一方国内では、第一次世界大戦が始まるころから、民主主義や自由主義を訴える運動が広がります。

普通選挙制や海外派兵の停止、男女同権、労働者の権利保護が訴えられ、1925年に納税額に関係なく選挙に参加できる普通選挙法が成立しました。

また、当時、天皇も国家の中の一機関だという考え方が広まりはじめていました。

しかし、第一次世界大戦で軍部の力が強くなっていくと、「天皇が機関の一つなんて考えはケシカラン」という風潮を作られてしまいます。

こうして、のちの太平洋戦争が終わるまで天皇崇拝の考えが国民に定着します。

 

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