豊臣秀吉がキリスト教徒を弾圧したワケ(宗教の性質から)

はじめに

豊臣秀吉が仕えていた織田信長は、キリスト教を容認していました。

しかし、秀吉はキリスト教徒を弾圧します。

理由はいくつか考えられています。

1、ポルトガル人が日本人を奴隷として売買していたから
2、キリスト教が拡大し反乱が起きるのを抑えるため
3、宗教的性質が日本に合わなかったから

今回は、3番目の宗教的性質について見ていきたいと思います。




豊臣秀吉がキリスト教徒を弾圧したワケ

日本人は昔から他国の文化に寛容です。

実際、仏教をうまく取り入れ、鉄砲や地球儀などの新しいものにも飛びつきました。

しかし、キリスト教はあまり取り入れられず、現在でもクリスマスにイベントをするくらいです。

キリスト教が取り入れられなかった宗教的理由は、3つ考えられます。

1、先祖崇拝の日本社会に合わなかった

「亡くなった親御さんのことを考えてみろ。今のお前を見てどう思う?」

罪を犯した人に対してこの言葉が有効なのは、日本人が先祖とのつながりを大事にしているからです。

そのため、「キリスト教を信じれば、あなたは救われます」と言われても、先祖が救われず地獄に落ちるのでは意味がないと考えます。

キリスト教の「信じたものは天国、信じなければ地獄」という考え方は、日本人の心には響かなかったようです。

2、一神教の考え方が日本人の宗教観に合わなかったから

キリスト教は、自らの神以外に神を認めません。

神に並ぶものも神の上に立つものも認めません。

これを前提に布教するため、「あなたの宗教は間違いだ」「それを信じていると地獄に落ちる」「地獄に落ちないためにキリスト教の唯一絶対の神を信じなさい」と説得します。

すると、もともとあった神社仏閣を破壊することになります。

日本には、八百万の神々も仏もいましたから、それを全て否定する宗教は根付きにくかったのでしょう。

3、キリスト教と国家権力が結び付きにくかったから

戦国時代や江戸時代。

日本を実質的に支配していたのは豊臣秀吉や徳川家康などの武士でした。

しかし、武士のうえにはいつも「天皇」の存在がありました。

関白も征夷大将軍も、天皇から与えられた役職でした。

これはちょうど、皇帝や王がローマ法王から戴冠されたことに似ています。

仮に日本にキリスト教を導入した場合、ローマ法王と天皇の関係に整合性をつけられなくなります。

そのため、国家権力とキリスト教は結び付かなかったと考えられます。

(参考:『日本人に「宗教」は要らない』p171)