奇妙な文化「お歯黒」。1000年以上も続いたのにはワケがあった。

<出典:KAIGAIN

昔の女性がお歯黒をしていたのを知っている人もいるでしょう。
現代人の美的感覚からすると信じられない習慣です。
なぜ昔の人はこんなことをしていたのでしょうか?

お歯黒時代

お歯黒の起源は、色々な説があって未だはっきりしていませんが、とても長い歴史があります。
古墳に埋葬されていた人骨や埴輪に、すでにお歯黒の痕があったといいます。
明治初期まで(地方によれば大正時代まで)存在していたので、1200年以上の歴史があることになります。

奈良、平安、鎌倉、室町、戦国そして江戸時代へとお歯黒の習慣は続きました。
その過程で男女のものであったお歯黒は女性だけの習慣になり、上流階級だけのものだったのが、一般庶民に浸透。
お歯黒をする女性は口元がやわらいで美人に見えたと言われ、江戸時代には既婚の女性の習慣として全国に広がったのです。

外国人の反応

ただ、外国人にとって日本の既婚女性のお歯黒はかなりショッキングな光景でした。
幕末に来日したヨーロッパ人たちは、日本人女性の美しさやそのしぐさに対する讃辞を惜しみませんでしたが、既婚女性のお歯黒に対してだけは非常に辛辣です。
イギリス公使のオールコック(1859年来日)、イギリス外交官のアーネスト・サトウ(1862年来日)、フランス海軍士官スエンソン(1866年来日)らは、こうコメントしています。
「醜さとしては比類ないほど抜きん出ている」
「(芸者を見て)彼女らの容貌は黒く染めた歯と鉛の白粉で台無し」
「気持ちの悪い口の中を見せられるたびに、思わず後ずさり」。
かなりの言われようです。

その後、外国人に不評だったお歯黒は、明治に入って禁止令が出され、大正時代ごろにはその習慣もなくなりました。

お歯黒の効能

長く続いた習慣には、それなりの理由がありました。
お歯黒には素晴らしい効能があったのです。

1. 虫歯になりにくい
2. すでに虫歯の歯にお歯黒をすると、虫歯の進行を抑制する
3. 知覚を鈍化させる

お歯黒の効果により、歯槽膿漏も少なく、歯の痛みも起こりにくかったのは事実のようです。
まだお歯黒の風習が残っていた大正時代の農村部では「お歯黒の女性に歯医者はいらない」と言われていました。

お歯黒の成分

お歯黒は、鉄奨水(かねみず)と五倍子紛(ふしこ)から構成されています。
鉄奨水の主成分は酢酸第一鉄、
五倍子紛は、タンニンと呼ばれる植物の渋で、お茶やワインにも含まれる成分。
二つを交互に、もしくは混ぜながら楊枝などで何度も重ね塗りすると、化学反応を起こした2つの成分は黒いタンニン酸第二鉄となって歯が黒く染まります。

タンニンは、歯のタンパク質を凝固・収縮させ、細菌による歯の溶解を防ぎます。
第一鉄イオンには、歯のエナメル質を強化して耐酸性を強くする効果があります。
さらに、化学反応して出来たタンニン酸第二鉄は、緻密な歯の被膜となって細菌から歯を守る力があります。
つまり、お歯黒は強力な歯のコーティング。
加えて、歯垢があると染まりにくいので、女性たちはお歯黒をつけるまえに、楊枝で丁寧に歯垢を取り除いていました。
このことも歯の健康を守ることに大きく役立っていたのです。

現代のように歯医者のなかった時代の虫歯への対抗手段だったお歯黒。
審美眼の違いで、お歯黒がその頃の「美人」度に貢献していたことはなかなか理解できませんが、少なくとも実用的な面で優れた効果があったことだけは認めざるを得ませんね。