優しい歌と波乱の人生。小林一茶の俳諧集『おらが春』

<出典:wikipedia

おらが春

作者:小林一茶
刊行:1852年
刊行者:白井一之(いっし)
形式:俳諧俳文集

『おらが春』は、江戸時代後期の俳諧師・小林一茶の俳句や俳文を掲載した句集です。

小林一茶が亡くなった25年後に、白井一之によって刊行されました。

『おらが春』の表題も、本文の句の中から、白井一之によってつけられました。




家庭トラブルに振り回された小林一茶

「雀の子 そこのけそこのけ 御馬が通る」

一茶の俳句は「子ども」や「かえる」、「すずめ」などのことを詠んだ句も多く、優しいおじいさんという印象を受けます。

しかし、実際は家庭のトラブルに振り回される人生を送りました。

 

信濃の農家に生まれた小林一茶ですが、3歳のとき母を亡くします。

継母とは折り合いが悪く、14歳で江戸に奉公に出されます。

25歳のときに二六庵竹阿(にろくあんちくあ)に師事して俳諧を学び、後にその名跡を継ぐことになります。

39歳で父を無くすと、今度は遺産相続で継母と12年間争います。

ようやく決着がついた翌年。

52歳の小林一茶は妻を迎えますが、生まれた四人の子どもはすぐに亡くなってしまい、20歳以上も若い妻にも先立たれてしまいます。

その後、2番目の妻とは、半年で離婚。

3番目の妻との間には子どもが生まれますが、生まれる前に一茶は亡くなってしまいました。

 

小林一茶は、俳句の印象とは違い、なかなか波乱万丈の人生を送ったようです。

もしかしたら、そのような人生を和らげてくれるのが、俳句の世界だったのかもしれませんね。

『おらが春』の代表的な句

目出度さも ちゅう位(くらい)なり おらが春

表題のもとになった句。

この句の前には、阿弥陀如来に全て任せるという文があります。

「全て任せたわが身であるから、掃除もせず、門松も立てずに、ありのまま正月を迎えている。
だから、目出度いのかどうか曖昧な正月である。」
という内容の俳句です。

※ちゅう位:信濃の方言。「あやふや」「いい加減」などの意味

雀の子 そこのけそこのけ 御馬が通る

もともと、大名行列の人払いをする際に「そこを退(の)き去れ」という言葉が使われていました。

それを、子どもが遊びで楽しむように詠んだのが、この句。

“雀”は夏の季語となっています。

名月を とってくれろと 泣く子かな

背中に背負った幼い子。

大空にこうこうと輝く秋の満月を指して、「お月様を取って」とねだってくる。

そんな情景の浮かぶ優しい俳句です。